10 years after

クレスフィールドの町を歩くルナンの足取りは軽快だ。それこそ、鼻歌を歌い出しそうなくらいに。
彼女の機嫌に比例するように、町はにぎやかに彩られている。
この町がエターナルによる支配から解放され、その後奇跡的に復興してからもう数年が経とうとしている。
にぎやかに飾られた町並みは、ルナンでなくともほとんどの人が心を躍らせる。

「お、ルナン」
不意に呼び止められて、ルナンは後ろを向いた。
「あ…えーと、ディザ?」
後ろにいたのは小さな子供の身長の2倍くらいはありそうな荷物の山。
ではなく、それを抱えたディザだった。
「これ倉庫に運んだらすることねぇんだけどさ、まだ他に何かあるか?」
「えーっとね…」
ルナンは手元の計画書に目をやる。
「あ、トマトジュース屋台の人が荷物運び込むの手伝って欲しいって。
 ていうかディザ、前見えてる?」
「見えてるけどトマトジュース屋台って何だトマトジュースって」
「だって父さんが『何かやりたいこととかあるか?』っていうから…」
「…お前以外に誰が買うんだよ」
「ディザとか」
「…」
「ま、いいじゃない?半分持つね」
巨大な荷物の山がディザの身長くらいになる。

「ありがとね、今年も手伝ってもらっちゃって」
ふたつ並んだ荷物の山を眺めながらルナンが言った。
「気にすんなって。アルシアにいても、やることあんまり変わんねーからな」
「そうなの?」
「まぁな。魔法学校の雑用だったり、村長のお使いだったり」
「…確かに、変わらないかもね」
「あー、たまに観光客の用心棒なんかもするけどな。だから気にすんなよ」
「…ディザはさ」
しばらくおいてからルナンがつぶやく。
「ん?」
「この先、どうするつもりなの?」
「トマトジュース屋台の手伝いだろ?」
即答。
「いや、そうじゃなくって…この祭が終わって、その先。またアルシアに戻って雑用したりするの?」
「そうだなー…」
ディザは賑わう町をぼんやりと眺めた。
小さな兄弟がはにわアクションフィギュアを持って走っていったり、若い夫婦が荷物を持って楽しそうに
歩いていったり、ガゼールさんがかなり忙しそうに走り回っていたり。
「まだわかんねぇな。たぶんそのうち、やりたい事も見つかるだろうし」
「…そっか」
ルナンは短く返事をして、荷物を棚に置いた。

「これで全部ね。ごくろうさま」
笑顔で業者の人を見送るルナンの前には、トマトの入った箱が山積みになっていた。
「…なぁ、ルナン」
「ん?」
「これ、全部捌けるのか?」
「大丈夫でしょ。祭のあいだにわたしが足繁く通うから」
トマトの山を前に瞳を輝かせるルナンに少し呆れつつ、ディザは箱を持ち上げる。
「…しっかしなぁ」
「え?」
同じように箱を持ち上げたルナンが振り向く。
「明日からなんだぜ、祭は。そろそろ着いたっておかしくないだろ」
「トマトが?」
「みんながだよ」
「…仕方ないじゃない?みんな、用事があるんだから」
ルナンはトマトに視線を落とした。
「来てくれるだけでも嬉しいし」
「まぁ、そうだよなー。ユミなんかはイリーディアの研究に本格的に携わり始めたみたいだしな」
「そうね…結局、去年の祭から会ってないし」
「…もう、何年になるんだっけ?あれからさ」
ディザからは、うつむいたルナンの表情が見えなかった。
「そのくらい経ったってコトよ、ね。…ほら、これ運ばなきゃ」
そう言ってトマトの入った箱を持ち上げる。
「ん、おう」

街を行き交う人は少しずつ増えている。
早くも店をはじめたからあげ屋台のからあげを持った観光客らしき人が周りを見回しながら歩いていたり、
その間を忙しそうなガゼールさんが走っていったり。
「もう1回で運びきれるかな?トマト」
「たぶんな。…つーかよ、ほんとにどうするんだよ。こんなに大量に」
「だからわたしとディザとみんなで」
「…」
「それに、普通の人だって買うかもしれないじゃない」
「いやまぁ、そうなんだけどさ…」
「ルナン!」
不意に後ろから呼び止められて、ルナンが少しよろけながら振り向く。
「あ、父さん」
後ろには書類の束を抱えたガゼールがいた。
「あ、どうも」
「おぉ、ディザくん。毎年すまないね、手伝ってもらって」
「いや、どうせヒマですから」
「で、どうしたの?」
「あぁ、そうそうルナン」
ガゼールは少しルナンに近寄り、声をひそめて言った。
「お前の知り合いの…ライゼルさんは今年も来る予定なのかい?」
「…あぁ、おっちゃん?今年も来るわよ、もちろん」
ガゼールの表情が少し曇る。
「そ、そうか…わかった。…広場の警備員を少し増やすか」
「…」
誰かが「議長ー!」と大声で呼んでいる。
ガゼールはじゃあよろしく頼むよ、とディザに言いつつ走っていった。
「…大変だな、お前の親父さん」
走っていくガゼールの背中を見ながら、ディザはトマト箱を抱え直す。
「この時期は特にそうだけど…ここ半年くらいはずっと忙しそうよ。
 他の町の視察に行ったり、他の町から見に来る人たちを迎えたりしてるし」
「他の町?」
「うん。これからはもっと交流していけないか、って」
「へぇ…変わってきてるんだな、ちょっとずつ」
「うん…ね、ディザ」
もう見えなくなったガゼールの背中の方を見たままで、ルナンがつぶやく。
「ん?」
「トマト運び終わったら、ちょっと休憩しよう」
「おう」

「おじちゃん、いつもの」
「あー…じゃあ俺も」
酒場の4人がけテーブルに向かい合って座って、トマトジュースを受け取る。
「…」
「…ルナン?」
トマトジュースを前に、ルナンはなぜか黙っている。
「あ、うん。…わたしね」
「おう」
「父さんの手伝い、しようと思ってるんだ」
「今してるじゃねえか」
「そうじゃなくて。さっき言ったでしょ。他の町の視察とか、そういうの」
「お前も見に行くのか?」
「それもだけど…ちゃんと、クレスフィールド議会の仕事をしようと思うの。わたしも、他の町ともっと仲良くできればいいって思うから」
ルナンは少し俯いたままだが、何かを決めたという目をしていた。
「エターナルみたいなやり方はよくないけど、他の町に何かあったら助けてあげたいって思う。
 そうしたら…セノウみたいな村も、なくなるんじゃないかって」
「…」
「…あ、いやその、そうなったらいいなって思ってるだけだし、大体わたしまだちゃんと議会で働かせてもらえるって決まってるわけでもないんだけどね」
「いや、すごいなって」
「でも、具体的にどうすればよくなるのかとか全然考えてないんだし」
ルナンが少し照れながら首を振る。 
「思ってるだけでも俺はすごいと思うぞ。アルシアがどうとか、他の町がどうとか考えようと思ったこともねえよ」
「そんなにおだてられると調子にのっちゃうからね?」
ルナンが苦笑する。
「それで、ね」
「ん?」
「…よかったら、ディザ」
「せんぱーい!」
ルナンの小さめの声に、甲高い声が割り込む。
「へ?」
酒場の入り口から小麦色の髪をした少女が走ってくる。3歳ほどの少女はそのまま走ってきて、ルナンに飛びついた。
「わわ、どうしたの」
「おしごと!」
「知り合いか?」
「ええ。新しい副議長の娘さんなの」
「せんぱい、はい!おとーさんから!」
少女は手紙をルナンに手渡し、ルナンの隣に腰掛けた。
「ありがとう、ごくろうさま」
「お前、先輩なのか」
「この子もね、議会の手伝いがしたいんだって。だからわたしは先輩らしいのよ。…ほら、お兄ちゃんにごあいさつして」
「こんにちはー!」
「こんちは。小さいのに偉いな、いくつだ?」
「みっつー!」
と言いながら、少女は指を2本立てて見せた。
「それはふたつでしょ」
「ナックにもこんな小さいころがあったなー。まぁ今もかわいいけど」
(このシスコンは…)
「何か言ったか?」
「べ、別にっ。それより、もうちょっとしたら戻らなきゃ。本部に来て欲しいって。そうだ、何か飲む?」
「りんごジュース!」
「はいはい、ホントにリンゴが好きなのね」
ルナンが苦笑しつつカウンターにリンゴジュースを注文する。
「この子はリンゴ好きなのか」
「そうみたい。わたしとしてはもっとトマトを好きになるようにし向けたいんだけど」
「やめとけ」
「えー」
「そういえば、さっきの話何だったんだ?」
不意をつかれたルナンが少し飛び上がる。
「え?あ、いや…その、大した話じゃないからいいの」
「そうか?」
「そ。あ、飲み終わった?そろそろ行こうか」
ルナンは少女の手をとって席を立った。

本部と書かれた幕の下がったクレスフィールド議会は、他の建物同様に飾り付けが施されている。
ガゼールやルナン、議会の人々が相当宣伝やら何やらをがんばったのだろう、人は増えるばかりだ。
議会の前でルナンを待つことにしたディザは、かつて見たクレスフィールドの景色を思い出す。
他人の幸せを奪っておきながら、自分たちの永き幸せを求めていた白い服の人々ばかりの町。
降神祭のあと、誰もいなくなってしまった町。
今目の前に広がる町並みとは全く違うあの景色と、そこに立ちつくすルナン。
「お待たせ」
ふと我に返ると、議会から出てきたルナンひとりが後ろに立っていた。
「早かったな」
「うん。大体準備は終わったから、わたしの仕事は、あとはこれだけだって」
ルナンは手に持った少し大きめの筒を見せた。ディザが首をかしげる。
「花火よ。父さんが開催宣言するから、その後に上げるの」
「豪勢だなぁ」
「年に一度のお祭りだもの。もっとハデにしてもいいんじゃない?」
ルナンは笑った。
アルシアで魔法学校の手伝いをしていたディザのところにルナンが訪ねてきたのは2ヶ月ほど前のことだ。
祭の準備に人手が足りないから手伝って欲しいと言ったルナンは、その時からずっと楽しそうだった。

広場に目をやると、人通りはさっきよりも増えていた。商売を始めた屋台もさっきよりずっと多い。
楽しそうに歩いていく人々を、ルナンは眩しそうに見つめていた。
「…ルナン?」
ディザが小さく声を掛ける。
上機嫌で笑っているはずのルナンが、なぜか泣いているように見えた。
「…クレスフィールドは、きっともう大丈夫。いろんな人たちが助けてくれて、今日だってこんなにたくさんの人が来てくれた。
 だから今度は、わたしが助けられるようになりたい。もっといろんな世界を見てみたい」
ルナンはディザの方に向き直った。泣いてなどいなかった。
「ディザ…わたしね、今やりたいことがすごくたくさんあるの。どれから始めていいのかわからないくらい」
「お前なら、できるだろ」
即答。
「も…もうちょっと気の利いた言葉とかは…」
「いや、そのな…ホントにできると思うんだよ。お前なら」
運命を壊して、世界さえ変えてしまえるルナンなら。
「…そうかな」
「そうだって。それとも何だ、俺の話は信じられねえか?」
「そう…よね。うん、ディザだし」
「…口から出任せ言うなんて高度なことできないとか思っただろ」
「いや、思ってないからっ」
ルナンが苦笑した。
(ねぇ、ディザはどうしたいの?)
なんとなく、ルナンが本当はそう言いたいように聞こえた。
未来も将来も、正直よくわからない。それでもひとつだけ、自分の中ではっきりしていることがあった。
「俺はさ、ルナン」
改まって言うと、ルナンはディザの顔を見上げた。
「きっと10年経っても、お前のそばにいると思うぜ」
そう言ってからしばらく、ルナンもディザも動かなかった。
「…お、俺なんか変なこと言ったか…?」
沈黙に耐えかねたディザが、頬をかきながらつぶやく。
「わ…わたしがディザのそばに、じゃなくて?」
心なしか顔の赤いルナンが苦笑しながら返した。
「あー…どうだろうな。でもさ、どっちでもいいんじゃないか?」
それもそっか、と言って二人は笑った。一緒にいることが変わらなければ、たぶんそれでいい。
「それにさ、さっきの…みんなの話だけどな。何年経ったって、俺たちがしたことは変わらないないだろ?
 誰も忘れたりしないし、なくなったりもしねえよ」
「そう…だよね」

「お兄ちゃん!ルナン!」
「二人とも、探しましたよ」
聞き慣れた声に振り向くと、仲間たちがこちらに向かってくるところだった。
「酒場で待ち合わせって手紙よこしたのはそっちでしょ?ちゃんと待ってなさいよね」
「ごめんごめん…あれ、おっちゃんは?」
「…入り口で、捕まってるわ」
「…」
「そう!だからルナンに頼んでお師匠様は怪しい人じゃないって証明してもらおうと思って探しに来たんだよ」
「…ご、ごめん」
人ごみをかき分けてルナンたちが町の入り口にたどり着いたとき、拡声器からガゼールの声が響いた。
祭りの始まりの合図だ。

ルナンは千年前と同じ色の空に向かって、花火を打ち上げた。

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